「キラ、」





そう、優しく僕の名前を紡ぐ君の紅く彩られた唇が、瞼に焼き付いて離れない。



















                  


















あの苦しい悲しい戦争から、2年。
戦いに身を投じていた当時では考えられないほど、今は穏やかな時間が流れている。                                    
親友の戦友を殺して分け隔てなく接してくれた大切な友人を殺されて、厳しいけれど不器用な優しさを持つ白亜の大天使の副艦長もずっと支えてきてくれた兄の様な戦友も、そして紅い髪を持つ守らなきゃいけなかった、君も。
失ってしまったのに、守れなかったのに、それでも自分は生きていて。いくら大切な人が死んでも、世界は終わらないし変わらないのだと。
その事実が切なくて哀しくて、愛しくて。
祈るかのように、墓前へと足を運んだ。






夕焼けに染まる空と海。
一面が悲しい黄昏時となった、その空間にキラは一人佇む。
きちんと、お参りしたのはコレが初めてだ。今まで、近寄ることさえ出来なかった。罪悪感と恐怖で、どうしても。でも、今回は。
今回は・・・・何故か、来なければならない気がして。
震える足を叱咤しながら、此処へ来た。
慰霊碑の周りには、多くの花が植えられている。美しい、命の象徴。未来への、希望。
それも、ユニウスセブン落下時の津波被害によって塩水を被ってしまい、このままでは枯れてしまう。
いつだって、花を枯らすのは人だ。
でも。






物思いに耽っていると、後ろに人の気配を感じる。
瞬間、キラの体に戦慄が走る。
背後に人がいるだけで、体が咄嗟に危機だと知らせるのだ。
この2年間で植えつけられた、獣のような自己防衛の本能は、いまだこんなにも根強く体に残ってる。
あの時、どれほど人の気配に敏感だったか。感情に過敏になっていたか。
それは、今も毎夜現れる悪夢が、教えてくれる。





人が怖かった。恐ろしかった。
いつ、仕返しにあの優しい親友が自分を殺しに来るか解らない。
いつ、あの白亜の艦に裏切られるか解らない。
独りっきりで、戦って闘って奪って、殺しつくさないといけなかった・・・・あの悪夢のような日々。
誰ともわからない影に怯え、緋色の髪を持つ少女の懐に逃げ込んだ。
夢を見るのが恐ろしくて恐ろしくて仕方なくて。
彼女を獣のように求めた。
腕を捻り、足の間に体をねじ込んで。
逃れられないように、少女を組み伏せた。
縋り付く様に、彼女の肌を何度もなぞる。
その度に、切なそうに目を細める君のココロに・・・・知らない、フリをして。
何度も何度も、狂ったように、君だけを求めた。
愛が無いとも知っていて、それがお互いを傷つけるだけだと知っていたのに。




「慰霊碑・・・ですか?」




まだ、幼い少年の声がキラを現実へと引き戻す。
あの、薄暗い欲望と熱情と絶望しかない世界から。


その声の主は、彼女の髪のような深紅の色の瞳をしていた。




(・・・・まるで、紅い血のよう・・・。)




キラはその瞳に、目を奪われる。
自分の罪を糾弾しているような、その紅に。
ずっと見つめていたい気分に駆られる。
彼女が、その瞳の中にいるような気がして。
でも、質問に答えないわけにもいかないので、極力自然に笑顔で答える。




「うん・・・・そう、みたいだね。・・・僕も今日、始めて来たから、良く解らないけど。」




そう言って、慰霊碑に視線を戻す。
赤眼の少年は、キラの後ろで沈黙している。
手には、可愛らしいピンクの携帯電話を握り締めて。




(後ろに立たれると、困るんだけどな・・・・どうしよう。)




あの戦争から2年たっても、背後に人がいるのが苦手なのは直らなかった。
いつ、本能的に相手を攻撃してしまうかキラ自身にも解らないのだ。
ただ、いる・というだけで傷つけようとしてしまう。
直そうと、いくら努力しても。
体に染み付いたあの日の恐怖は、敵を殺せという本能は、薄らぐことは無かったのだ。
それにより、さらに傷つくキラを見かねて、カガリやアスランやラクスは、極力キラの背後には近づかないようにしてくれている。
さらに、誰も近づかないように・と。
出かけるときなどは、いつも気を使ってくれる。
寝るときも。
決して、緊急時以外はキラの寝室に入ろうとはしないし、アラームにさえ過剰反応するキラの為に、周辺のアラーム音は根こそぎ撤去してくれた。
優しい、友人達に申し訳ないと思いながらも嬉しく感じる。その好意に。
でも、今。
その優しい友人達はいない。
こんな初対面の相手に怪我を負わせるような真似だけはしたくなかった。
でも、どうすれば良いか?
そう思い、しばし思案しているといい案が思いつく。
アスランやカガリに、あまり顔を人に見せるな・と言われたけれど・・・この場合しょうがないだろう。
このままでは、彼に危害を加える可能性があるのだ。
それだけは、絶対に避けたい。
キラが、振り返ると、少年は突然のことに驚いたのか、身を強張らせる。
その様子に、キラは微笑ましい気持ちになりながらも、慰霊碑の傍らに植えられた花々目をやり、呟いた。




「・・・・・折角花が咲いたのに、波を被ったらまた枯れちゃうね・・・。」
「・・・・・・誤魔化せないって、ことなのかも。」
「え・・・・?」




返ってくるとは思ってなかった、小さな呟きにキラは驚いて目を見張る。
そんなキラに気づかす、少年は何かを吐き出すかのように、言う。




「花が咲いても・・・・人は、何度でも吹き飛ばす・・・っ!」
「・・・・君は・・・。」
「っ!すみませんっ!!変なこといって・・・・っ!」




キラの声にハッとなる少年。
どうやら、まずいことを言ったと思ったのだろう。慌てて謝り、走り出していた。
その後姿に、キラは急に不安を覚える。
何か、何か彼に言わなくては伝えなくては、と。
上手く言葉にならない、この気持ちを。
彼には伝えなくてはならない気がした。




「っ・・・待って!!」




キラの叫びに足を止め、振り返る。
夕日が少年の赤い眼を通して、キラへと向けられる。
キラは、言葉を紡ごうと息を深く吸う。
そうでもしないと、声が震えて出そうに無かった。




「・・・・確かに、君が言うとおり・・・人は花を、枯らしてしまう。何度も何度も、何度でも・・・。
 でも、その花の種を植え・・・育むのも、また人だから。だから・・・・。
 君には知っていて欲しい。枯れてしまう花もある。枯らしてしまう人もいる。でも・・・だからこそ、枯れない花を植えようと、育てようとする人たちがいることを。
 それは、途方も無いことなのかもしれない。無理なことなのかもしれない。でも、無駄なことでは無いと・・・・僕は思うから。」




太陽のように眩しい姉。
心配性の幼馴染。
いつも傍らに寄り添ってくれている、優しい歌姫。
白亜の艦で共に闘った仲間達。
そして、偽りの関係を結んだ・・・緋色の髪の少女。


辛い事、悲しいこと、憎悪も殺意も絶望も存分に味わった。
でも、それは決して無駄なことではなかったと思う。
あの悪夢のような日々が、未だに自身を苛んでいるとしても。
嬉しいことも、楽しいことも、幸福も希望も未来も。
確かにそこには存在していたのだ。
だから、















どうか、この子のナミダが優しいものであり続けますように・と。

キラは、祈るかのように、その瞼を閉じて想った。






















6:閉じられた瞼