彼女とは確かに肉体関係にあった。彼女の柔らかい肉に触れ、歓喜に打ち震えると同時に恐ろしさが体を蝕んでいったのを覚えてる。普段は無神経さと幼げな、だからこそ深い闇で心をぐだぐだに引き裂くくせに、床に縫いとめた手は折れんばかりに細く、か弱く儚げにそこに存在していた。触れた指先から脆くも崩れ去ってしまいそうでまるで硝子細工を扱うかのように震える心で彼女を抱きしめた。(あぁ、彼女が今ここで崩れ去ったら、いったい僕は誰に縋り付けばいいのだろう。)

夢の様な一時。でもそれは生涯でただ一度、あの夜だけの出来事。
狂気と血と憎愛に満ちた、あの狂おしい夜。冷たい心とは裏腹に、温かかった彼女のぬくもりが今も忘れらない。













「キラ、」


自身の名を呼ばれて我に返る。
振り返れば、桜色を携えた美しい女性。あの紅色の少女が去ってから、ずっと傍に居てくれている孤独な歌姫。皆の為にと綺麗なものしか望まれず、生まれたときから未来を決められそのために生きる。それはなんと悲しく辛い定めだろう。戦いで父が死に、仲間が死んだ。悔しかっただろう憎らしかっただろう、出来ることなら相手を何よりも残酷な方法で殺してやりたかったに違いない。(だって僕もそうだったから。)でも彼女にそれは許されなかった。出来ることは彼の人々のために涙することだけ。それが彼女の背負わされたもの。定められた運命。そして、その戒めによって、彼女はオーブに亡命した今となってもその清らかな唇から醜い憎悪を吐露することは許されないのだ。あの紅の少女とは正反対に、


終戦後、彼女はプラントへ戻るでもなく婚約者の元へ行くのでもなく、このおぞましい怪物を選んだ。それは自分が恐らく、初めて彼女を歌姫としてでは無く、一人の少女である彼女を見つけたからだと思う。その時どれほど嬉しかったか、彼女は嬉々として語ってくれたことがあった。頬を染め、手を合わせ話す彼女。年相応に話すその姿を見て、思わず口元が綻ぶほど。


そんな彼女の気持ちには気付いてた。こんな自分のことを好いてくれているのだと。
でも、それに自分は答えられない。彼女のことは勿論愛しているし、周りからは恋人と呼ばれるようにもなった。しかし、





夜、桜色の髪がまるで大輪の花の様に寝台に広がる様を見るたびに、あの紅色が思い出される。
それを意識の外へ追い出すことが出来ず、桜色に紅を重ねて抱きとめた。もうどこにも行かないように強く、強く。











彼女を、あの血のように真っ赤な紅を忘れることなど出来はしない。何故なら自身が忘れたくないからだ。彼女以外を愛したくないからだ。でも、誰かに縋らないと立っていられない。あぁ、なんて傲慢で愚かで救いようの無いほど酷い人間なのだろう!彼女以外のぬくもりを認めないくせに彼女以外のぬくもりを求めるだなんて。




桜色の少女が涙しているのに気がつかないフリをして、今夜も彼女を腕の中へと閉じ込めた。





















狼に衣